デス・オーバチュア
第8話「ファントム・トリコロール」





迫害。
それだけが私の半生だった。
どうやら、私は人間ではないらしい。
だから、私には何をしてもいいのだそうだ。
それがその街の常識。
人間に有り得ない紫の瞳と髪をしている……ただそれだけで、私は化物扱いされて育った。


人権どころか、生きる自由すら認めてもらえなかった。
石をぶつけられるぐらいならいい、幽閉や隔離されるぐらいならいい、仲間外れにされようが、疫病のように避けられようが構わない…………だが、辱めを受けるのと命を奪われるのだけは嫌だった
だから、私は、私を汚そうとした男達を睨みつけてやった。
それだけで、男達は破裂し肉片と化した。


それから、私の生き方は少しだけ変わった。
虐げられることに耐える生き方から、私を虐げようとする者を殺す生き方に……。


私は世界中を回った。
世界を知れば知るほど、時が流れれば流れるほど、私の『人間』に対する嫌悪と憎悪は増していった。


私は全ての人間を憎んでいる。
たった一人だけの例外を除いて……。




門にもたれかかって眠っていたネツァクは目覚めると同時に、剣を抜刀する。
「寝ぼけて仲間を斬らないでくださいよ」
紫水晶の刃はコクマの右手に捕まれていた。
「魔力でできた刃はともかく、刀身自体は普通の紫水晶と大差ない強度しかない……握り潰そうと思えば容易くできますよ」
「…………」
「無論、そんな酷いことはしませんけどね」
コクマはフッと笑うと、あっさりと刀身を解放する。
「反射行動だったからお前と解らず剣撃が甘かった……」
ネツァクは淡々とそう答えると剣を鞘に収めた。
「相手に近づかれても気づかずに眠っていたら、殺される……殺される前に殺す……」
「殺伐とした感覚が体に身に付いた人ですね」
「…………」
ネツァクは無言でしばらくコクマを見つめた後、再び口を開く。
「……セピアを滅ぼせという命令は受けていなかったはずだ……」
「ついでですよ、あなたが眠っている間暇でしたのでね。あ、ちゃんと塵は全て焼き払って綺麗にしておきましたから心配無用ですよ」
「……そんな心配はしていない」
コクマの言う『塵』とはおそらく死体と家屋のことだろう。
この男は、自分のように憎悪を持つからでも、ティファレクトのように快楽を感じるからでもなく、ただ目障りな塵を掃除するかのように淡々と人を殺すのだ。
「…………」
同じような行動をする存在をネツァクは知っている。
人間を塵屑としか見ない存在、人間より高次元な存在。
その存在と同一視、いや、その存在を思い出す容姿をしていたせいで、自分は虐げられてきた。
「……魔族……みたいなことするな、お前は」
魔族。
その名の示す通り、魔に属する者。
魔界に済む高次元生命体、瘴気の影響で凶暴化や異形化しただけの獣に過ぎない地上の魔物とは根本的に違う。
姿は人間と大差なく……いや、人間以上に『人型』として完成された美しさを持つ存在。
美と力の塊。
力無き人間から見れば神にも等しき存在。
「魔族? この私が?」
コクマはなぜか悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。
「私はあなたと違って魔族の高貴な血など一滴も混じっていませんよ、正真正銘ただの人間ですよ、あなたと違ってね」
「くっ!」
ネツァクはコクマを紫の瞳で睨みつける。
次の瞬間、コクマの背後の洞窟の壁が『破裂』した。
「素晴らしい、眼力だけで相手を殺せる魔性の瞳……それこそがあなたが高貴な血を引く者である何よりの証ですね」
「……何が高貴な血だ。だいたい、私の力をあっさりとかわす、お前はなんだ?」
ネツァクは別に背後の壁を狙ったわけではない。
狙ったのは、睨みつけたのは、あくまでコクマ自身だった。
「コクマ(知恵)の神性を持つ者、あなたの同志ですよ。それ以下でもそれ以上でもありませんよ、ネツァク(勝利)さん」
コクマは慇懃な態度でそう述べる。
「……慇懃無礼とはお前のためにある言葉だな……」
「おや、ティファレクトさんみたいに高慢だったり、ゲブラーさんみたいに野蛮の方がいいんですか?」
「己を偽っていない分だけ、お前よりはマシだ」
ネツァクはきっぱりと言った。
「これはまた手厳しいですね」
コクマはクックックッと楽しげに笑う。
「お前は十大天使でもっとも信用がおけない奴だ」
「私が慇懃無礼なら、あなたは剛毅木訥ですね。おそらく、あなたが十大天使でもっとも人格者……マシな人間なのでしょうね」
「私はビナーのように素直でも、ケセドのように厳格でも、マルクトのように優しくもない……」
「それは、あなたが単純でもなければ、石頭でもなく、甘くもないということですよ。その上、ケテルさんやティファレクトさんのように傲慢でもなく、ゲブラーさんやホドさんのように馬鹿でもない……何より、私やイェソドさんのように悪質でない」
「…………」
「あなたのように高貴で剛毅、そして純粋な方は、本来はみ出し者、ひねくれ者の集まりであるファントムに相応しくはない」
「…………」
『あらあら、あたくしという者がありながら、こんな所でネツァクを口説くなんて……酷い御方ですわ』
声と同時に、コクマの背後に黄金の光が出現した。
光は人の姿、ビナー・ツァフキエルの姿を取り、そのままコクマに抱きつこうとする。
コクマは背後を振り向きもせず、最小限の動きで体をずらし、ビナーの抱擁をかわした。
「あらあら?」
かわされたビナーはそのまま前のめりに倒れそうになるのを辛うじて耐える。
「ビナーさん、あなたはここに来るように命令されていないはずですよ」
「ええ、解っていますわ。だから、自由意志でここに遊びに参りましたの」
ビナーは抜け抜けと笑顔でそう言った。
「やれやれ、困った方ですね」
「命令の無い時は各自の好きにして良い、それが我らファントムのスタイルですわ。それに、あたくしが居た方が数的に丁度良いはずですわ」
「ほう……」
「気づいてると思いますけど、追っ手が三人程すぐ側まで来ていますわよ。無論、このまま目的地まで急げば追いつかれずに目的を済ませられるでしょうけど、それでは……」
「……それでは面白くないか?」
ネツァクがビナーのセリフを引き継ぐ。
ビナーは満足げな笑みを浮かべた。
「では、話がまとまったところで……」
ビナーの右手にはいつの間にか光り輝く片手剣が握られている。
「お出迎えの準備をしなければいけませんわね」
ビナーは目の前の門をバターか何かのように容易く切り刻むと、率先して奥へと進んでいった。



スレイヴィアの解放の阻止。
それがタナトスの受けた命令だった。
スレイヴィアが何なのかすらタナトスには解らない。
それでも、命令には従う、任務は必ず果たす、タナトスは今までそうやって生きてきた。
そして、これからも……。


目的の洞窟に侵入してしばらく歩くと、かって門だったと思える物の残骸が地面に散らばっていた。
ルーファスは残骸、欠片の一つを無造作に拾い上げる。
「……なるほどな」
「どうしたのよ、ルーファス?」
「ほら、障ってみろ」
ルーファスはクロスに欠片を投げ渡した。
「熱ぃ! 何よコレ……切断面が熱い?」
「焼き切ったんだよ。クロス、間違ってもこの剣の使い手と拳や蹴りで戦うなよ」
「ん? なんで剣って解るのよ? 斧や鞭かもしれないじゃない」
「……さあ、なんでだろうね。と、一人でどんどん先に行くなよ、タナトス」
ルーファスはクロスの質問にはちゃんと答えずに、瓦礫を気にせずどんどん歩いていくタナトスの後を追う。
「……ルーファス、敵は……」
タナトスは視線は前方に向けたまま、追いついてきたルーファスに話しかけた。
「ああ、間違いなくファントムだね。数は2……3人ってところかな。勿論、あの男も居る、まあ、タナトスにはすでに解っていたことだろうけどね」
「…………」
タナトスは無言で左手の甲を右手で押さえる。
「タナトス、個人的因縁や執着と、任務どっちを優先するべきか解っているよね」
「……無論だ」
「答えるまでにちょっと間があったね。まあ、俺としてはどっちでもいいんだけどね……ほら、思った通りだ」
ルーファスは足を止めると、前方を指さした。
通路が三方に分かれている。
「一本道じゃなかったの? 面倒臭いわね」
「さてと、じゃあ、俺は左の通路を行く……いいよね、タナトス?」
「……ああ」
僅かの間の後、かすれるような声でタナトスが同意すると、ルーファスは満足げな笑みを浮かべた。
「ホントに良い子だね、タナトスは、可愛いよ」
「…………」
「ちょっと、三人で分かれて進むわけ? 何勝手に決めてるのよっ!」
クロスが不満の声を上げる。
決められた内容ではなく、勝手にすでに話が決まっていたことが不満なようだった。
「馬鹿、俺達は追ってる立場なんだぞ。一つ一つ通路を試してなんてやり方できるわけないだろう」
「う……だからって、要は正解の通路がどれか解れば全員で行ったっていいわけでしょっ!」
「いや、それは無理だな、ある意味どれも正解だから……」
ルーファスは小声でぼそりと呟く。
「えっ? 今何て言ったの?」
「どれが正解だなんて解るわけないだろう、馬鹿って言ったんだよ。考えるまでもなく、通路が三つで俺達は三人、分かれて進む以上の上策があるわけないだろう。仲間外れにされたみたいな気がしたからって、いちいち反論するな、ガキが」
「うくぅ〜っ……」
クロスは心底悔しげな表情でルーファスを睨みつけた。
全てが図星であり、正論。
ここで理屈無用で感情のままに怒鳴り返したら、それこそ子供と馬鹿にされるに違いない。
何より、タナトスの前でそんな醜態はさらしたくなかった。
「残り二つの通路のどっちを行くかは二人で好きに決めるといい。じゃあね、タナトス、しばしの別れだ」
そう言うと、ルーファスはあっさりと左の通路に消える。
「あいつにしてはやけにあっさりと姉様から離れたわね……」
クロスは不審げな表情を浮かべた。
「私に左の道を行きたいとわがままを言わせないためだ……」
「姉様?」
タナトスは無言で残り二つの通路を見比べている。
「……中央から神聖な気配、右からは禍々しい気配……どちらに行ってみたい、クロス?」
「右の方が危ない気配がするってことでしょ? それならあたしが右に行くわよ」
「クロス……」
「心配いらないわよ。じゃあね、姉様、また後で会いましょう」
タナトスが何か言うよりも早く、クロスは右の通路に消えていった。
「神聖と邪悪、どちらが危険でどちらが安全というものではない……だが……」
やはり自分が右に行くべきだったかもしれない。
そして、左の通路。
聖でも邪でもない。
だが、よく覚えのある気配、力の波動……間違いなくあの男がそこに居るはずだ。
タナトスは左手の甲を天にかざす。
タナトスの左手の甲に黒い奇妙な紋章が浮かび上がり、光り輝いていた。
「諦めろ、殺魂鎌、私もお前と同じ気持ちだが……今は任務が優先だ」
甲の紋章が消えると同時にタナトスの左手に漆黒の大鎌が出現する。
「では、行くか、異常に神聖な気配の源へ……」
タナトスは大鎌を肩に担ぐと、中央の通路に消えていった。






































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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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